こんにちは、MSLABOです。
人生いろいろです。私も今、大変厳しいプロジェクトに携わり、毎日神経が磨り減る思いをしています。計画通り事が運ばず、トラブルが続出します。こんな時は、どう考えればよいでしょうか?。
自分の予想に反して、面白くない事、嫌なこと、上手くいかない事が起こります。いくら計画を立てていても、運命はそんな計画を見事に裏切ってくれます(汗)。
「今は苦しくても、きっとうまくいく:横山 信治:PHP研究所」で横山さんは、「同じ事象に遭遇しても、自分自身の心のありようで、その後の人生が大きく変わる」と書かれています。
どういう事でしょうか?。
横山さんは中学生の頃、英語のテストでひどい点数を取ってしまったそうです。その理由が、文章の終わりにピリオッドやクエスチョンマークを付け忘れるというミスでした。その時彼は、「たかがピリオッドやクエスチョンマークを忘れたくらいでバツにするなんて、ひどい」と考え、英語が嫌いになったそうです。
一方で彼と同じような初歩的なミスを犯し、先生にバカにされた経験をした人がいました。しかしその方は、「今に見ていろ!」と英語を猛勉強し、後に海外留学を経て英語で活躍をする人物となりました。
横山さんは、そんなご自身の経験から「同じ事象に遭遇しても、その捉え方が違うだけで、その後の結果が大きく変わってしまう」と解説をされています。
私はこの話を読んで、学生の頃に学んだ「行動心理学」を思い出しました。行動心理学は、人間の心を「未知なる箱=ブラックボックス」と考え、外部からの刺激と、その刺激に対する反応から、ブラックボックスの中身を明らかにしようとする学問です。
(画像:SILHOUETTE.AC 様、illust-AC 様:acworksさん)
「なんで、俺だけこんな目に遭うんだ」と嘆いて、落ち込むという反応もありです。「負けるものか!」と考えて、一層努力するという反応もありです。同じ事象に出会っても、どう考えるかで行動が変わってきます。
逆に言えば、外からの刺激は同じであっても、ブラックボックスの中身(心での捉え方)が変われば、行動が変わると言えます。
つまり、起こってしまった事実が私達の人生を左右するのではなく、その事実をどのように捉え、その後の行動に移すのかが人生を左右するということです。
しかしです・・・・。
情けない私は、困難に直面した時なかなか「よし、次は頑張ろう!」などと考える事ができません(汗)。ついつい自分の不遇を嘆き、「俺って、ついていないよな」と溜息をついてしまいます。
人生もっと修行を重ね、偉人と呼ばれるような人物になれば、まさに「不動の精神」になるのかとも思いましたが、どうやらそうでもないようです。
横山さんは前述の著書で、何十年も修行を重ねたお坊さんと、一般人の刺激に対する反応の違いを調べる、次のような実験を紹介しています。
お坊さんと一般人を静かな部屋に招いて、瞑想をしてもらいます。その時の脳波を測定すると、2人とも穏やかな波形を描きます、次に2人には内緒で、思わずびっくりするような大きな音を立てます(物が割れる音や、悲鳴など)。
一般人の脳波は激しく揺れ動くそうです。まぁ、当然ですね。では修行を積んだお坊さんはどうなったでしょうか?。え、修行を積んだ徳の高いお坊さんなのだから、わずかしか揺れなかったのではないかですって?・・・。
私もそう思いました。しかし実験をしてみると、お坊さんの脳波も一般人と変わらないくらい激しく揺れ動いたのだそうです。
つまり・・・人間、外部から予期せぬ刺激を受けると、偉人かどうか、修行を積んでいるかどうかに関わらず、びっくりし、あわててしまうという事です。長年修行を積んでいても、「不動の精神」にはならないという事ですね(笑)。
しかし2人には、大きく異るものがありました。
(写真は 日産 ノート JOURNEY to the WEST に三蔵法師役で出演されている女優のOanaさんです)
それは揺れ動いた脳波が元に戻るまでの時間。一般人は、長い間脳波が乱れたままでした。しかしお坊さんの方は、短い時間で元の緩やかな波形に戻ったのだそうです。
ここから学ぶものが有ります。
1つ目は、不幸な出来事や予期しない事態が発生した場合、誰でも驚いたり不安になるものだという事です。偉人であろうが凡人であろうが、人間である限りみんな同じだと言うことです。
2つ目は、偉人と凡人の違いは「動揺を長く引きづらない」という事です。嫌なこと、上手くいかなかったことに、いつまでも心を捕らわれない。自分が今やるべきこと、自分がコントロールできる事にだけ集中するのですね。
それでも悲しい気持ちや怒りに捕らわれてしまう私のような人のため、横山さんは江戸時代の良寛(りょうかん)和尚のこんな言葉を紹介しています。
災難は遭う時節には遭うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
是は災難を逃れる妙法にて候
現代語に直すと
「災難にあったら慌てず騒がず災難を受け入れなさい。死ぬ時が来たら静かに死を受け入れなさい、これが災難にあわない秘訣です」
といった意味になります。(参考:臨済・黄檗 禅の公式サイト様)
災難や予期せぬ出来事に慌てふためいても、起こってしまった事は取り消せません。腹を決めて、現実を受け入れることが、窮地から抜け出る最良の方法というわけです。
苦労から学ぶものは沢山ありそうです。
最後に、聖書の一節から次のような言葉を紹介したいと思います。
人生にも、冬の時期が必ずあります。こんな状況では何をしても無駄ではないか、と思えるような時期です。
そんな時は自分の心も冷え込んでいて、何もする気がしません。しかし、そんな冬の時にいかに振る舞うかが、その後の人生を大きく左右すると言えそうです。
いつか春がくる・・・そう信じて、目の前の事にあたりたいと思いました。
名古屋:伏見のオフィスより感謝を込めて。
長い文章を読んで頂き、ありがとうございます。あなたによきことが雪崩のごとく起きますように。
今日の学び:いつか春がくる。そう信じて今を生きる
今日の箴言:
ウィリアム・シェイクスピア:劇作家
クリスティーナ・ロセッティ:詩人
旧約聖書:箴言
今日の書籍:今は苦しくても、きっとうまくいく:横山 信治:PHP研究所
今日の写真:illust-AC様 :sxor(skull) gさん