白黒なんかつけない

こんにちは、MSLABOです。

勝ち組と負け組という言葉を聞くようになって、ずいぶんたつように感じます。世の中は、なんでも白黒をハッキリさせたがる傾向がありますよね。

今日のポイント

 

曖昧な価値観

勝ち組か負け組かで言えば、いい年をして名誉や地位とも関係がなく、安定した収入もない私は「負け組」確定です(笑)。

勝ち組、負け組だけではなく、世の中には「何かと何かを比較する言葉」があふれています。

成功と失敗、幸福と不幸、正義と悪、儲けと損、金持ちと貧乏、美しいと醜い、長いと短い、重いと軽い、難しいと易しい、明るいと暗い、好きと嫌い、有名と無名、正解と不正解・・・まだまだあります。

(画像URL:illust-AC 様:はっさく さん)

特にビジネスマンや商売をしている人にとっては、「成功・失敗」「儲け・損」などが気になるキーワードでしょうし、個人的には「幸福・不幸」「お金・貧乏」「有名・無名」などが気になる言葉です(笑)。

しかしよくよく考えてみると、上記で挙げた言葉はどれも「実態がない空虚な言葉」である事に気が付きます。

例えば「成功と失敗」。いったい何をもって成功と呼ぶのでしょうか?。

例えばオリンピックの100m走を考えてみましょう。

日本人初のメダルを目指して走っていた人にとっては、たとえ銀メダルであっても大成功でしょう。しかし金メダル確実と言われていた人にとっては失敗かもしれません。

月間の売上1000万円を目指せと言われていた営業マンが、900万円しか達成できなければ、会社からの評価は失敗でしょう。でもその900万の商売から、次に繋がるビジネスが生まれたとしたら、長い目で見れば成功かもしれません。

その逆に1500万の売上を得て会社から評価された人が、じつは利益最重視の商売をしたために多くの人から嫌われ、その会社から顧客が離れるキッカケを作っていたとしたら・・・それは失敗かもしれないのです。

(画像URL:illust-AC 様:かえるWORKSさん、ねこがめ さん、バタ子 さん)

幸福と不幸もそうですよね。

都会の一等地に立派な邸宅を構えた人は、はたから見れば幸福にみえます。でも実は30年におよぶ借金を抱え、毎日毎日嫌な仕事を我慢して続けなければいけない現実が待ち構えていたとしたら、それは不幸とはいえないでしょうか?。

美人(美男子)の基準が時代によって変化している事は、例にあげるまでもないですよね。流行の美醜だけではなく、絵画や音楽といった「美」を追求する世界でさえ、時代に応じて流行り・廃りがあります。

ちょっと考えてみればわかりますが、これらの言葉はどれも移ろいやすく、何を基準にするかによって価値がコロコロと変わってしまうものだと気がつきます。

にもかかわらず、私たちはそれが「不動の価値」を持っているかのように錯覚をして暮らしているのです。

どこかに絶対の幸福や、絶対の勝利、絶対の儲け、絶対の美があると信じているのです。

 

あるビジネスマンの話

お金持ちになりたいという人は多くいますが、それではいくら持っていればお金持ちなのでしょうか?。100万でしょうか。1000万でしょうか。1億、それとも100億でしょうか?。

大邸宅に住み、召使や秘書を抱え、豪華なリムジンに運転手付きで乗っていたら幸福なのでしょうか?。

こんな話があります。


ある南の島に、アメリカ人のビジネスマンが観光にやってきました。
抜けるような青い空、美しい海。すばらしい景色が広がっています。

(画像URL:illust-AC 様:ハコノコ さん)

日頃ビジネスの世界で身を粉にして働き、一財産を築いた彼は、ようやくバカンスに出かける余裕を得たのです。

ふと浜辺を見ると、1人のみすぼらしい格好をした男が、海でのんびり釣りをしています。

服はヨレヨレ。履き古しのサンダルに破れかけの麦わら帽子。顔は真っ赤に日焼けしています。

アメリカ人は男に近寄ると、こう声をかけました。

アメリカ人:「景気はどうだい。魚は釣れるかい?。」
現地の男 :「まぁまぁさ。」

アメリカ人:「あんたは、いつもこうしているのかい?。」
現地の男 :「ああ、そうさ。」

アメリカ人:「なんでもっと働かないんだい?。」
現地の男 :「働いたら、どうなるんだい?。」

アメリカ人:「今よりもっと良い服が着られる。」
現地の男 :「いま着ているもので十分さ。ここは温かい島だ。」

アメリカ人:「今よりもっと良い家に住める。」
現地の男 :「いま住んでいる所で十分さ。雨露はしのげているよ。」

アメリカ人:「今よりもっと美味しい食事ができる。」
現地の男 :「この島の魚は美味しいよ。木の実だって十分にある。」

アメリカ人:「今よりもっと稼げる。お金持ちになれるぜ。」
現地の男 :「お金持ちになってどうするんだい?。」

アメリカ人:「そうすれば、俺のように南の島にバカンスにきて、美しい景色を見ながら、のんびりする事ができる。最高の贅沢さ。」

現地の男 :「俺は毎日、そうしているよ。」

(画像URL:photo-AC 様:なるみさん)


どうでしょうか?。

成功・失敗、儲け・損、勉強ができる・できない、勝利・敗北・・・そんな空虚な価値観に振り回されている私たちは、上記の物語のアメリカ人そのものではないでしょうか?。

本屋のビジネス書コーナーに行くと「絶対に成功するXXXの法則」とか「あなたもこうすればお金持ちになる」的な本が山のように売られています。「人は見かけがXXX%」などという本もあります。

「人生XXX歳でやるべき事」とか「こうすれば老後は安心」などという本もありますよね。

これらの本や情報が全て嘘っぱちとは言いません。私も恥ずかしながら、その手の本を読んだことがあります。それらは「ある側面(書いた人)」から見れば、的を得ているものなのでしょう。

しかしそれが「あなたにとっての正解」や「あなたにとっての幸福」、「あなたにとっての美しさ」や「あなたにとっての安心」を保証するわけではないのです。

『人から押しつけられるスタンダードとは別の、自分自身が納得できる(価値)基準を持てれば、独自の勝ちパターンを見つけることもできるようになる』
 堀場 雅夫:堀場製作所創業者

 

採点しない生き方

人生がうまくいく哲学的思考術:白取 春彦:ディスカヴァー・トゥエンティワン」で、哲学を研究している白取さんもこう指摘をされています。

不幸になるのは難しくない。現実になすべき事柄を放り出して意味の曖昧な観念や概念を追い続けるなら、確実に不幸になる。

ここで言う「意味の曖昧な観念や概念」とは、先に上げた成功と失敗、美と醜、幸福と不幸、成功と失敗などの概念を指しています。

そして、世間の人々をこう批判しています。

人生の勝利者と見られたいと願い、より多くの金銭と一戸建てを持ち、平均以上の裕福な生活を送ることがまともな社会人としての沽券(こけん)だと思い込んでいる。それを得ることができない人を人生の落伍者と見ている。

あいたたた・・・私も耳が痛いです(汗)。

それでは、どのような考えで生きていけば良いというのでしょうか?。白取さんは著書でこう書かれています。

おもしろかったと言える人生のほうが、いわゆる成功した人生よりもよいのではないだろうか。なぜならば、何が人生の成功なのか、誰にもわからないことだからだ。

移ろいゆく価値観に左右されて一喜一憂する人生は、グラグラと不安定な砂の上に建てた家のようなものです。潮の流れが変われば、崩れ去ってしまいます。

(画像URL:photo-AC 様:acworksさん)

しかし「わが人生は楽しい」と言える「楽しさ」は、自分だけのものです。

何が楽しいのか、何が価値があるのか、何をどう判断すれば良いのか・・・1つ1つ他人任せにせず、自分で試してみる。自分で考え、迷い、生きながら、試行錯誤してみる。

そのような生き方こそ、本当に「強い生き方」であると白取さんは述べられています。

私たちは「楽しく暮らす」ために働いている筈です。不幸になるために働いている人などいないでしょう。

とはいえ、私たちはなかなか毎日を「楽しい」と思って暮らすことができません。

その理由はいろいろとあるでしょうが、最大の原因は「自分の人生を採点し」「他人と比べている」からではないかと思えます。

(画像URL:illust-AC 様:かえるWORKSさん)

成功と失敗や、お金持ちと貧乏、幸福と不幸についてもそうです。

Microsoft創業者のビル・ゲイツやFaceBookのマーク・ザッカーバーグに比べれば、日本人はみんな貧乏人です(笑)。でもアフリカなどの一部の国に住む人々から見れば、大富豪に見える事でしょう。

親の介護で苦労している人は、そうでない人と比べれば不幸に見えます。しかし親の顔さえ知らない孤児から見れば、それでも幸せに思えるかもしれません。

だから不幸を我慢しろとか、親の介護は大したことがないと言いたいわけではありません。

そうではなく「何が人生の成功なのか、誰にもわからない」のですから、なんでも比較して他人を羨ましく思い、自分の人生を不幸に感じる事には意味がないでしょうと言いたいのです。

『誰かが「生きるって難しい」と嘆くのを耳にしたら、いつも聞いてみたくなる。「何と比べて?」』
 シドニー・J・ハリス:ジャーナリスト

こんなに不幸なのに幸せと思えだって?という声が聞こえてきそうですが、それはいったいぜんたい誰と比べた不幸なのでしょうか?。

南の島で自分の生活や境遇に満足して暮らしている男が、身を粉にして働いているアメリカ人よりも幸せであったように、誰かと比較するのをやめて自分の人生を受け入れて、一生懸命生きる事が大切なのではないか?。

白取さんの本を読ませて頂くと、そんな事を考えさせられます。

あなたは今日も、無責任な誰かの価値観と自分の人生を比較して、不満を口にして生きていくのでしょうか?。

それとも自分の人生を受け入れて、少しでも楽しいと思えるような考え方をして生きていきますか?。

あなたの人生を選ぶのは、あなたです。

Myオフィスより感謝を込めて。

長い文章を読んで頂き、ありがとうございます。あなたにもよきことが沢山起きますように。


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今日の学び:他人と比較するのをやめる
今日の箴言:
堀場 雅夫:堀場製作所創業者
シドニー・J・ハリス:ジャーナリスト
今日の書籍:人生がうまくいく哲学的思考術:白取 春彦:ディスカヴァー・トゥエンティワン
今日の写真:画像URL:illust-AC 様:藤ヤスフミ さん

  • nakada keiji

    ありがとうございます。いつも楽しく読ませていただいております。
    アンネの日記が浮かんだので 投稿されて頂きます。

    私達は皆、
    幸せになることを目的に生きています。
    私たちの人生は
    一人ひとり違うけれど、
    されど皆同じなのです。

    *大変な状況にあったのに 皆同じ(ナチスを含めて) 白黒つけない 凄いと思います。
     (ユダヤ人を効率よくガス室に送ることを考える人も 家に帰れば 家族を愛するお父さんだったりするから??)

     学校では 違いを理解すること(A=/B)を一生懸命教えるが、AでもありBでもある  AでもなくBでもない 事を考える事も重要と思います。
     不真面目と叱られるかもしれないが 私自身は非真面目に考えたいです。
     ビルの階段を煙突と言ったら 不真面目 でも 火事の時には炎上を早める煙突になります。
     薬指 何に使う? でも 小指と薬指を縛ってお箸を使うと ぎこちない 5本揃って指(手) そう あなたが いるから 私がいる
     雑感で 失礼いたしました。

    • MSLABO

      nakada keijiさん、いつもコメントを頂きありがとうございます。私の稚拙な文章からアンネの日記を思い浮かべて頂けるなんて、光栄です(笑)。ご紹介いただいたアンネについて、私も名言を幾つか検索してみました。本当に感動的な言葉が沢山あって驚いています。私たちは誰でも「自分は正しい」と思って生きています。これは大切なことです。でも「自分(だけが)正しい」とは思わないようにしなければいけませんね。素敵な気付きを頂きました。ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。