心の隙間の埋め方

こんにちは、MSLABOです。

毎日の仕事に追われている時は「早く休みにならないかな」と思います。そのくせ数日間のまとまった休みがもらえると、「暇だな~。なんか面白い事ないかな?」と思ってしまいます。

今日のポイント

 

今、忙しい・・・は滅びの呪文

みなさんは、そんな事はありませんか?。サラリーマン時代の私は、まさにそんな感じでした(汗)。

今にして思えば、それは自分の人生に目標を持ち、主体的に生きていなかった事が原因だと気が付きます。

「いま忙しいから、それどころじゃない」、「忙しいから、また後で」。自分の人生で、様々な事から逃げ出すのに、これほど都合が良い呪文はありません。

それは、まさに必殺の呪文です。なんといっても、この呪文さえ唱えれば、多くの人から理解が得られ、賛同され、大義名分が立つからです。

家事も、育児も、妻への思いやりも、趣味も、人付き合いも、充実した人生を送るために努力する事も、人生ってなんだろうと考える事さえ、後回しにできます。おまけに忙しく働いて少々お金が手に入れば、自分を納得させる効果もあります。

でも(少なくとも私の場合は)、そんな充実感はマヤカシでしかありませんでした。

だから「忙しさから開放」されると、急にソワソワしだします。宙ぶらりんな感じがして、頼りなくて、地に足がつかなくなる。心の隙間に風が吹き込むので、隙間を何かの刺激で埋め合わせたくなる。

「暇をつぶす」ためにゲームで遊ぶ。なんとなくギャンブルをする。お酒を飲んだり、友達と騒いでウサを晴らす。特に目的もなく、店に買い物に行く。ボーっとスマホをいじる。何もすることがなければ、家でゴロ眠を決め込む(笑)。

ギャンブル
(画像URL:illust-AC 様:あかはな商店街さん)

でも残念ながら、外部の刺激が心の隙間を埋め合わせてくれる事はありませんでした。外部の刺激は「一時しのぎ」にはなっても、心の隙間を埋める効果が長続きする事はなかったのです。

若いんだから?

心の隙間を埋めるためには、自分から動いて、能動的に生きるしかありません。主体的に自分の人生を楽しんでいる人は、「人から押し付けられる忙しさ」や「何もすることがない暇」とは無縁です。

その証拠に、仕事をしているわけでも、やるべき事があるわけでもない、言ってみれば人生の全てが自由時間ともいえる(笑)小さな子供が、「俺、暇だな~」と呟いているのを聞いたことがありません(笑)。

彼らは、身近にあるものは何でも「楽しさ」に変えてしまいます。紙と鉛筆があれば絵を書きます。紙も鉛筆もなければ、石で道路に落書きをします。道におちている空き缶や小石だって、遊び道具に変えてしまいます。

こういう話をすると、「それは子供だからだ。彼らには責任がないからだ」という人がいます。背負うものがないから、気楽なのだといわけです。

また「若いからこそ、できるんだ。人生で好きなことをするには、俺は年をとり過ぎてる」と言う人も見えます。「もっと若けりゃ考えるけど・・・。いまさら楽しいことをやれといわれても、できないよ」というわけです。

これについて「ポジティブの教科書:武田 双雲:主婦の友社」で武田さんが、面白い話を書かれていました。

武田さんは書道家として有名な方です。そんな彼の書道教室には、老若男女を問わず大勢の生徒さんが来られます。

ある日、教室に来ていた10代の若者が悩んでいました。それを聞いた20代の生徒さんが、10代の人に、こう言ったそうです。「まだ若いんだから、やりたいことをやればいいじゃないか」。

でも、よくよく観察してみると、20代の若者の悩みについては、30代の人が同じことを言う。30代の人には40代の人が、40代の人には50代の人が、同じことを言う。

チャレンジ
(画像URL:illust-AC 様:Yakko ACさん)

聖路加国際病院の日野原 重明さんは100歳を超える名医です。

日野原さんは、なんと70歳以上の人に対して、同じことを熱く伝えているのだそうです。「まだ若いんだから、やりたい事をやればいい」。100歳の人から見れば70歳だって、まだまだ「若い」というわけです(笑)。

『始めることさえ忘れなければ、人はいつまでも若くある』
マルチン・ブーバー マルチン・ブーバー:ユダヤ系宗教哲学者、社会学者

いつまでも若くある為に

また「なぜあの人は楽しそうに働くのか:中越 裕史:大和書房」で、中越さんがこんな話を紹介されていました。それはウサギを使った「学習」に関する実験です。


まず、若いウサギと年老いたウサギを用意します。

次に、ウサギの目に空気をシュッと吹きかけます。当然ですが、ウサギは不快感から思わず目をつぶってしまいます(そんな事されたら、ウサギだけじゃなくて、人間でも同じですよね:汗)。

ウサギにとっては、実に迷惑な話です(汗)。

この時、空気を吹き付けると同時に音を鳴らします。音+空気の刺激。これを繰り返すと、パブロフの犬と同じような条件付けが起こり、やがてウサギは音が鳴っただけで目をつぶるようになります。

つまり「音は空気が出るサインだ」と、学習するわけです。

若いウサギは、音+空気の刺激を200回ほど繰り返すと、学習します。ところが、年老いたウサギは同じことを学習するのに、800回以上もかかる事がわかりました。

これだけを聞くと、「若いってのは、すごい。記憶能力が高い。やっぱり年をとってから、何かを覚えたり、始めるなんて無理があるんだ」と思えてしまいます(汗)。

でも、話はここで終わらないのです。

今度はウサギが気持ち良いと感じている時(シータ波が出ている時)に、刺激を送ります。刺激(快感)+音+空気をセットにして学習させるのです。

すると若いウサギも年老いたウサギも、同じ回数で学習する事がわかりました。


つまり、年をとったから学習能力が低くなったわけではなく、刺激に興味を持てなくなったから学習できなくなったというわけです。

その証拠に、(少なくともウサギでは)楽しい気分の時は、年齢に関係がなく覚えることができました。

ウサギも人も年齢を重ねると、沢山の経験を積みます。経験を積む事は、いろいろな判断を迷いなく行い、安定した結果を得る事にはとても役に立ちます。その一方で、いろいろな事から「新鮮さ、面白さ、ワクワク感」を奪うとも言えるのです。

だから年齢を重ねれば重ねるほど、本当は「新しいもの」にチャレンジし新しい学びを得た方がよい。ウサギの実験は、そんな事を私たちに教えてくれます。

ウサギ
(画像URL:photo-AC 様:acworksさん)

こんな話もあります。

暇という単語はギリシャ語のスコレー(skhole:余暇)が語源です。

ところが、このスコレーという単語、実はスクール(school:学校)やスカラー(scholar:学者)という言葉の語源にもなっているのです。

ギリシャに限らず、昔は学問を修めることが出来たのは、裕福な貴族や僧侶だけでした。貴族や僧侶は、政治や修行の合間(余暇)に学問を身につけました。だから、スコレー(余暇)がスクール(学校)やスカラー(学者)の語源になったのかもしれません。

つまり暇という言葉は、語源から考えれば「潰す」ものではなく、「学ぶべき時間」だといえます。

『二十歳であろうが八十歳であろうが、学ぶことををやめた者は老人である。学び続ける者はいつまでも若い。人生で一番大切なことは、若い精神を持ち続けることだ』
ヘンリー・フォード ヘンリー・フォード:実業家

どうせ学ぶなら「楽しくなる事」にチャレンジすると、年齢に関係なく学習する事ができそうです。そうすれば、いつまでも「若い心」でいられると偉人は言います。

自分の人生に前向きに取り組まない事、楽しんだりチャレンジしない事を、忙しさや責任感のせいにしていると、いつまでたっても心の隙間は埋めることが出来ません

これからは「暇だ~。なんか面白い事ない?」ではなくて、「暇だ~。よし!新しことにチャレンジしよう」と言い換えたい・・・そんな事を思わせて頂きました。

名古屋:伏見のオフィスより感謝を込めて。

長い文章を読んで頂き、ありがとうございます。あなたによきことが雪崩のごとく起きますように。


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今日の学び:暇は、学びのチャンス!
今日の箴言:
マルチン・ブーバー:ユダヤ系宗教哲学者、社会学者
ヘンリー・フォード:実業家
今日の書籍:
ポジティブの教科書:武田 双雲:主婦の友社
なぜあの人は楽しそうに働くのか:中越 裕史:大和書房
今日の写真:ニコニコ静画 :はぬ→ さん (画像は藤子不二雄A氏の笑うセールスマンです)

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