満月の夜に愛を思う

こんにちは、MSLABOです。

秋といえば「お月見」ですよね(笑)。月見というと晴れ渡った夜空に浮かぶ綺麗な満月と、ススキと月見団子を思い浮かべますが、みなさんはどうでしょうか?

月見といえば「十五夜の月」という言葉もあるように、旧暦8月15日から16日にかけて行われる「月を鑑賞する行事」の事を言います。Wikiなどによれば、旧暦9月13日から14日にかけて鑑賞する「十三夜」という行事もあるそうです
(参考:Wiki「月見」記事 様)

旧暦が現在の暦(グレゴリオ暦)の何日に相当するかは、新暦・旧暦変換サイト様で簡単に計算できます。ざっと未来3年分を計算してみると、以下のようになりました。

・十五夜(旧暦08月15日)
2014年:09月08日

2015年:09月27日
2016年:09月15日

・十三夜(旧暦09月13日)
2014年:10月06日
2015年:10月25日
2016年:10月13日

お、この記事を書いている2014年09月08は十五夜ですね!。
旧暦に対応する新暦の日付が毎年違うことを始めて知りました。勉強になりました。

そういえば月の中に何が見えるかについて、国や地域ごとに差があるのはご存知ですか?
(参考:キッズGOO 様、The Moon Age Calendar 様)
The Moon Age Calendar 様の画像をお借りして、いくつか紹介してみたいと思います。

日本では「餅をつくウサギ」ですよね。
えウサギに見えない?、ほらよーく目を凝らして見てください。ウサギが餅をついていますよ(笑)。

usagis
西ヨーロッパでは「片手だけしかないカニ」とか「かぼちゃを食べる男

crabs
アラビアでは「吠えるライオン」なのだそうです。
lions

ところでインドのジャータカ神話には、ウサギにまつわる悲しいお話が出てきます。手塚 治虫の漫画「ブッダ」にも取り上げられています。
それは、次のような話です(Wiki「月の兎」記事 様をベースに編集しました)

昔むかし猿と狐と兎が、山の中で力尽きて倒れているみすぼらしい老人に出会いました。
3匹は老人を助けようと考え、猿は樹の実を集め、狐は川で魚を捕り老人に与えましたが、兎はどんなに頑張っても食料を見つけることができませんでした。
兎は食料を集められない事を嘆き、猿と狐に火を起こしてもらうと、その中に飛び込んで自らを食料として捧げました。
老人は帝釈天(バラモン教などの偉い神様)の化身でした。帝釈天は兎の捨て身の献身を哀れに思い、兎の話を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせました。

日本が月へ打ち上げた月周回衛星「かぐや」のデータを分析したところ、月の兎の形は39億年以上前に巨大隕石の衝突によりできたものと証明されたそうです。
そうすると、どうやら上記の哀れな兎の話は39億年以上前にあった事になりそうです。(いやいや、39億年前だと地球には原始生命しかいませんよねw)

『愛は具体的な行動である。自分自身を捧げること、犠牲を払うことである。(特にそれに報いてくれない相手のために)。』
スティーブン・R・コヴィー スティーブン・R・コヴィー:経営コンサルタント

私は「自己犠牲」を薦めたくないですし、自己犠牲が尊いものだという話には「かなり違和感」を覚えるのですが、時として「見返りを求めない行動」が必要な事は認めざるをえません。

そういえば「愛」は名詞じゃなくて「愛(する)」という動詞だという説があります。
愛という気持ちは、愛という行動の結果にすぎない」とは、上記のR・コヴィーさんの名著「7つの習慣」に出てくる言葉です。

愛を与えることについては、次のような名言もあります。


『あなたが、多くの人々に、あなたの愛をすべて与えたとしても、自分がもともと持っていた愛はそのままあなたのもとに残る。知識の場合と同じである』

レオ・ブスカーリアレオ・ブスカーリア:教育学者

秋の夜長に月のウサギを見上げつつ、愛するという行動について思いを馳せたいと思いました

長い文章を読んで頂き、ありがとうございます。あなたによきことが雪崩のごとく起きますように。


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今日の学び:愛という気持ちは、愛という行動の結果にすぎない
今日の箴言:

  • スティーブン・R・コヴィー:経営コンサルタント
  • レオ・ブスカーリア:教育学者

今日の書籍:
今日の写真:The Moon Age Calendar 様、lllust AC 様:しゅうぽんたんさん
いつか書く:

 

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